新しいタイプの鉄道橋がドイツ橋梁賞を受賞(2/2)

 

前回からの続き.

なぜこのような新しい橋梁が実現に至ったか


「ドイツ鉄道は、施主として非常に保守的な面があり、新しい技術の導入に対してはなかなか首を縦に振らない.例えば,高強度コンクリート一つを挙げても、制限値が決められていて、それ以上のものを使用することはかなり困難」と,昨年東京大学で行われた講演の際にマイク・シュライヒが述べていました.それでは,その性質上,保守的な方向に向きがちな鉄道橋の設計において,なぜこのような新しい橋梁が実現に至ったか.


昨年寄稿した橋梁と基礎の記事[3]では,私は以下のように書きました.

“私の見解では、シュライヒをシュライヒたらしめているのは、橋梁設計に対するビジョンである。(..)一例として、上述したインテグラル橋梁を挙げよう。インテグラル構造は、知られた技術であり、特にシュライヒの専売特許というわけではない。しかし、ヨルク・シュライヒが約20年前に夢想したのは、その技術自体の発展ではなくて、それを応用した「透過性が高くて、メンテナンスコストが著しく小さい、美しい鉄道橋」である。それも一つの橋ではなくて、新しいスタンダードを目指しての提案であった。(..)この大きなビジョンこそが、ドイツ鉄道や橋梁施工会社を説得して、長い年月を超えて実現を勝ち得た要因ではないだろうか。”

ゲンゼバッハ高架橋では,ドイツ鉄道による(ほぼ標準設計である)設計原案が提示され,それに対する施工者を決める入札がありました.文献[2]によると,この入札に際し,ドイツ鉄道は客観的かつ検証可能な基準を定め,もし設計案よりもデザイン的,文化的に優れた提案があればそれを容認する,と発表しました.これはドイツでは画期的なことで,後述の専門委員会の活躍によるものです.新しい提案は,建設費やメンテナンス費用を含めた総コストの面で,原案よりも安価でなくてはいけません.結果,インテグラル構造案が入札で選ばれました.


ドイツ鉄道の社長を動かし,社内に鉄道橋設計の高品質化に取り組む専門委員会を設立させたことが,シュライヒの努力の成果の一つです.(勿論,氏が委員会を設立させたという表向きの記述はどこにもないですが,少なくとも発起人の一人であろうことは周知の事実として.)氏もこの委員会の委員の一人でした.この委員会は、規模の大きな鉄道橋、あるいは小さくても重要な場所に架かる,全ての鉄道橋の設計に関して、設計案の質を審議する役割を担っていました.また、前述のとおり,この専門委員会によって,「鉄道橋のデザインガイド」という,世界的に見ても希少で,価値の高い書籍が発刊されました.



質の高い鉄道橋とは何か.その基準を作成したのは専門委員会です,氏は,その委員の一人であったわけですから,人によっては,シュライヒのやっていることは,マッチポンプのようなものだという批判の声もあったと思います.そんな批判にも負けずに,“新しい”鉄道橋を実現させた氏の辣腕ぶりには頭の下がる思いです.今回のドイツ橋梁賞の受賞は,第三者としての権威に認めてもらった,という意味合いがあり,だからこそ本当に嬉しかったのであろうと思います.


少々脱線しますが,このようなマッチポンプではという批判は,建設分野において新しい価値基準を確立させようとする場合,避けては通れないことなのかも知れません.こういう批判を乗り越えることこそが,“開拓者”としての矜持なのであろうな,と勝手に想像しています.


受賞理由の中に,“デザイン的、経済的に説得力のある本橋梁案は,入札で,ドイツ鉄道社の原案を打ち負かすだけの説得力があった.”[1]との記述があります.私がただただ,驚くのは,とかくデザインという言葉がエンジニアリングと切り離して考えられることの多い橋梁設計において,その意識を内在させながら,技術的なアプローチで周囲を説得させたという点.言ってみれば,これは正面突破です.これが橋梁設計の本来の姿だと思いますが,現実はそんなに甘くありません.私は,この橋自体がどうこうというよりは,この一連のストーリーに大変感銘を受けました.


“技術的に,革新的なアプローチで計画された本橋梁は、ドイツの鉄道橋の新世代に向かう道でマイルストーンとなる”.[1]

最後に,施工中に見学させてもらった時の写真を少々貼ります.





(2015-03追記) 一部削除


[基本情報]
ゲンゼバッハ高架橋(Gänsebachtalbrücke bei Buttstädt)


完成年:
2012
機能、種類:
鉄道橋(高速鉄道)
基本設計:
schlaich bergermann und partner
詳細設計:
schlaich bergermann und partner / SSF Ingenieure
チェックエンジニア:
K. Geißler
施工:
Adam Hörnig
発注:
DB Netz AG
受賞等:
Deutschen Brückenbaupreis 2014
構造形式:
インテグラル構造 PCスラブ桁
規模:
橋長 1,001 m
支間割 52.5 m + 8 × 112 m + 52.5 m
最大支間長25m
幅員13.83 m
桁高3.0 m
桁下クリアランス max. 20 m
位置・アクセス
Ebensfeld‐Leipzig/Halle間の高速鉄道,Buttstädt近郊
Buttstädt駅より北西約1km
51° 7' 45.50" N    11° 24' 31.20" E 付近



[参考文献]


[1]
[2]
Schenkel, M. et al., Die Gänsebachtalbrücke, eine integrale Talbrücke der DB AG auf der Neubaustrecke Erfurt-Leipzig/Halle. Beton- und Stahlbetonbau, 105(9), 2010. pp.590–598.
[3]
増渕 基:シュライヒと日本の橋梁エンジニアに流れる通奏低音とは - 鉄道橋デザインの講演を拝聴して、橋梁と基礎、vol.47No.92013.09
[4]
ドイツ鉄道 (編集), ヨルク・シュライヒほか (), 増渕 基 () :鉄道橋のデザインガイド: ドイツ鉄道の美の設計哲学、鹿島出版会 (2013.05)
[5]
Schlaich, M.; Fackler, T.: Die neuen Brücken der Deutschen Bahn, Tagungsband des 22. Dresdner Brückenbausymposium 2012
[6]
[7]
[8]
DB Netze (): Leitfaden Gestalten von Eisenbahnbrücken. 1. Auflage. 2008(ドイツ語)

author visited: 2011-01

author