カーボンは建築に革命をもたらすか?(2/2)

クニッパーズ(左)とシュライヒ(右)


前回からの続き.シュライヒ,クニッパーズ,ゾーベックの3名のプレゼン.
 
ベルリン工科大学のマイク・シュライヒ(Mike Schlaich)は,ビジョンの必要性について言及.前述のマイアー氏同様,今すでにある建設材料の代替品としてではなく,カーボンの特性に合致した構造システムの開発に取り組んでいて,そのうちの2つを紹介.氏は2006年に大学の実験ホール(ピーターベーレンス・ホール)にプロトタイプとなるカーボンリボンによる吊床版橋梁を製作しています.わずか数mmの厚さのカーボンで,スパン約15m飛ばしているもの.この薄さのために,サドル上でもリボンに曲げ応力がほとんど作用しないのがメリット.振動に対しては,機械工学で研究開発された人工筋肉をセミアクティブなダンパーとして適用しています.

カーボンファイバーによる吊床版橋モックアップ

プロトタイプという名に恥じず,2010年にスペインのCuencaに,世界最長(216m)となる,カーボンリボンによる吊床版橋梁が竣工されています.
http://www.futurefibres.com/News-Downloads/News/2012/Innovations-in-fibre.html

また,このテンション材としてのカーボンファイバーの利用範囲を拡大し,スタジアムなどの大規模な屋根に適用するための研究を行っていて,特にアンカーのディテールの開発に力を入れています.昨年,制作されたスポークホイール構造のプロトタイプもお披露目.カーボンファイバーの特性にあった新しい形態の吊り屋根を模索しています.


カーボンファイバーによるスポークホイール構造

シュライヒの一連の研究を見た時に,単にスチールをカーボンに置き換えただけではないか,と考えるのと,カーボンの特性にあった効果的な利用方法を模索する中で,テンション材としての利用に可能性を見ている,と考えるのとでは大分違いますね.当然,シュライヒの考え方は後者です.

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シュトゥットガルト大学ITKEのヤン・クニッパーズ(Jan Knippers)は,スチールの代替品としてではなく,自然の流れに従った形で,カーボンに適した新しい構造システムを開発を目指していて,そのうちの2つを紹介.一つ目が,アーキテクトのアヒム・メンゲス(Achim Menges)らと協働で設計しているリサーチ・パビリオンの紹介.生体工学から着想を得た構造システムと,カーボンの成形手法に共鳴する施工システム.2012年のパビリオンは私も実際に見に行きました.上述のに加えて,ロボットに施工させるという新規性も加味すると,このパビリオンはある種のマイルストーンになるのではないかと個人的には思っています.

Research Pavilion by ICD and ITKE (Photo taken by author 2013-01)

2つ目が,アクティブ・ベンディング(Active Bending)の研究の紹介.カーボンを“柔らかく“成形すればメンブレンになるし,”硬く”成形すれば剛体となる.その中間としての,“しなる“構造物の研究開発.発想自体はプリミティブで,例えば竹をしならせて作ったドームなども,それに当たります.まだ知る人ぞ知る分野ですが,2012年のIASS国際学会では研究グループが発足したりと,ジワジワと注目を集めている分野です.下の動画は,クニッパーズの研究室で開発されたキネティック・ファザード.2012年のEXPOのパビリオンで実現しています.


soma Expo 2012 kinetic facade

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シュトゥットガルト大学ILEK のヴェルナー・ゾーベック(Werner Sobek)のプレゼンの題名は,„新素材-超軽量構造物への道(Neue Werkstoffe – Wege zum Ultraleichtbau)“.氏は,自身が設計したカーボンを使用した構造物の紹介(ミュンヘンに建設したMae Westなど)もそこそこに,もう少し大きな視点から,構造物の未来について語りました.

今後数年間で起こり得る世界の人口増加に対して,構造物はより経済的な設計を余儀なくされる.そして資源や消費エネルギーの点から見ると,軽量構造は適切な道であると言えます.カーボンはそれに対して大きな役割を果たすはずだ,というのが氏の見解.未来においては,軽量で,資源が節約でき,リサイクルが可能,それでいて美観的な要求を可能な限りあきらめない,質の高い構造物の設計が求められます.

その流れに沿って,さらに一歩推し進めたものとして,氏は“超”軽量構造物を提案しています.その一例として,負荷状況に応じて形状を変化させるスマート・シェルを開発し,プロトタイプモデルを大学構内に建設しました.4点の支持点のうち,3点が油圧ジャッキによって動き,センサーに従って最適な応力分布を探すという仕組み.このシェルは言ってみれば,エネルギーで構築された構造物です.ゾーベックはエネルギーという観点から構造物を見ていて,多くのエネルギーが費やされ,そこにストックされている構造物よりも,エネルギーで構築された構造物のほうが,はるかに経済的であると述べました.

Stuttgart Smart Shell - Adaptive Shell Structure (Photo taken by author 2012-05)


このあたりのゾーベックの考え方は非常に興味深いですね.レオンハルト,フライ・オットーらから脈々と受け継がれている軽量構造の思想を,着実に積み上げているだけでなく,エンジニア/アーキテクトが歩むべき方向性を示しています. 100年以上の射程距離で,未来を見据えている感じは,さすがに現役としては最年長のドイツ・エンジニア/アーキテクトのドンといった雰囲気でした.

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3氏共が,一見キャッチーなテーマの研究をやっているように見えますが,あくまで,ベースはエンジニアリングで,そこからはみ出てはいません.上述したように,ドイツで培われてきた歴史の上に積み上げているので,説得力があります.昨今,声高に叫ばれるエコロジカルやらサステナブルやらといったスタンスのデザインを,ドイツではすでに戦後から始めていたというのが,今になって大きなアドバンテージになっていると感じます.

今回のシンポジウムのテーマは,カーボンの可能性でしたが,もっと包括的な,建設者としての進むべき道といったようなものを示していたように思います.大変刺激的な時間でした.

参照

シンポジムのHP(サーバーがダウン中だそうで,そのうち復旧されるとのこと)
http://www.bauen-mit-carbon.net

シンポジムのパンフレット(PDF

当日の模様をレポートした記事 momentum-magazin.de :„Carbon, übernehmen Sie!“ – Leichtbauforum an der TU Berlin
http://momentum-magazin.de/de/carbon-ubernehmen-sie-leichtbauforum-an-der-tu-berlin/


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